2017年8月16日〜8月31日

8月後半に読んだ本とかやったゲームとか買った漫画とか。
アーカイブスでマリーのアトリエPlusを再DLしてみたけど、楽しすぎて狼狽えるレベルに楽しい。
BAROQUEも楽しいんだけど!やっぱりアトリエは面白い!!
あとオカルティック・ナインのパッケージ版が発売したそうで。
OP&EDシングルが11月発売な時点で、見えていた延期だけど嬉しい。

 

博士の本棚

博士の本棚

 

カーヴァーの小説は、人生において最も大事な救いは、いつも偶然によって巡ってくることを暗示している。
人生がいかにささやかな物事によって支えられているかを、実感させてくれる。

科学が解明しようとする世界は、時にどんな物語よりも神秘的であり、そこに人間が関わっている以上、
必ず数値に表せない豊かな心の働きがのぞいて見えてくる。
獲得した科学技術も、それを操る人間の品性によって、いかようにも姿を変えてしまう。
手塚漫画を読む楽しみは、科学と物語の親しさに身を浸す喜びでもある。

ほとんど無意識のうちに、人は自分だけのフィクションを作り上げ、そこに心を漂わせることで、現実を乗り越えようとしている。
人の心にはいつでも物語があふれている。現実と死を、優しく結びつけている。

人間の内面は元々混沌としたものだ。いくら理性を働かせようとも、本当に知りたいことは闇に沈んで見えない。
見えないものを感じ取るための1つの方法が、物語に身を置くことだ。
物語ならば、辻褄が合わなくても許される。

物語の研究に一番必要なものを、ファインマンは想像力だと言う。
物理の問題を解く道筋は、仮定に次ぐ仮定であり、「例えば、こうなるとどうなる?」と自問し続けなければならない。
まずその姿を想像しなければ、原子のふるまいを解明することもできないのだ。
生き生きとした想像力さえ持っていれば、大学や学会といった狭苦しい視野から解放され、この世界の美しい神秘を純粋にとらえることができる。

土の中で腐って、宇宙の元素に還ってゆくのが、死ぬということなんだと気づかせてくれた一行だった。

知らないでいる、などという難しいことを、お前は平気でやってのける。
誰に教わったわけでもないだろうに、知らないでいることの静けさをちゃんと知っている。本当に賢いなあ。

しかしよく考えてみれば、ささいな一言でこちらがどんな感情に陥っているか、相手はたいして気にしていないに違いない。
それほど言葉とは、便利で無防備で危険な道具だ。
自分だって無意識のうちに、誰かを傷つけているはずなのだ。
言葉がぐさっと胸に刺さった時は、かつて私の口から吐き出された言葉によって傷ついた誰かに向かい、心の中で謝ることにする。

毎日毎日、飽きもせず三度ご飯を食べるという繰り返しの中にこそ、生命の源は宿っている。

それを書かなかった決意の裏にこそ、人間の哀しみがあると思うからだ。

神経にこびりついた現実を払い落とし、伸びやかに呼吸するためには、言葉の世界に身体を浸す必要があった。

 

星を賣る店

星を賣る店

 

 当商會の商品目録でもあり、はたまたベストアルバムのようなものであります。

 

痕跡本のすすめ

痕跡本のすすめ

 

某ジュニアアイドルの写真集。
力まかせに引き破られた写真の中で、痛々しくほほえむ笑顔。
ただ読むだけでなく、心の衝動をそのままぶつけたようなこの痕跡は、
「陵辱」という名の本の読み方。

  

ぜんまい屋の葉書

ぜんまい屋の葉書

 

空豆の黒いところ(おはぐろと言うそうです)に魅せられています。
できることなら、そこだけ集めて花束にしてみたい。

ただ「過ごす」ことのできる動物は、なんてすごいんだろう。
風に吹かれていると、気持ちがふくらむような気がします。
ただ生きているだけの自分の輪郭線を確かめます。

 

最高すぎて泣けてくるレベルだ、ムービー制作会社どこ?ポイントピクチャーズ?

 

 

たった1つの想い

たった1つの想い

 

 たった1つの想い貫く  難しさの中で僕は

 

切れた鎖

切れた鎖

 

C駅で載ってT駅で降りて会社へ行き、帰りはS駅から乗ってまたT駅で降りていつものように商店街を通って団地に着き、翌朝はまたいつもの時間にいつものF駅へ行きH駅で降り、仕事が終るとまたいつものようにK駅で乗ってN駅で降り、巡査に声をかけられ、猿と狸のいる産婦人科の前を過ぎて会社へ帰り、妻の腹の表面を丁寧に磨いた。